|
近年、世界中の人間の気持ちが内向きに陥っているのを改めて感じる。
1960年代、デヴィッド・リースマンが「孤独な群衆」の中で、内向的な若者について鋭い分析をしていたが、当時の成人にはその傾向は顕著には見られなかった。しかし、現代日本においては成人、若者を問わず内向的思考が各所でみられるようになっている。
岸本裕紀子氏は、若者の自動車所有願望の減退、海外旅行の減退などを例に挙げて若者の内向的傾向の顕著さを述べているが、日頃メディアなどで伝えられていることと重ね合わせると、全く同感させられる。
要するに、自動車所有や海外旅行で得られる満足感のような高揚心が減退し、日常の中で得られる諸事・些事で事を済ませ満足してしまっているのである。
最近報道された日本自動車販売協会連合発表では、「2029年の6018万台をピークに33年には6000万台を割る」となっていた。これは今後の経済情勢を分析の中心としているのであろうが、戦後一貫して伸びてきた原動力であった若者の心理的傾向がどの程度入っているのだろうか。
また、海外旅行についていえば、日本人の2007年の伸び率は、僅かではあるが4年ぶりの落ち込み、前年比1.3%の減少となった。
この数字は、現実に海外に対する関心を失っている内向的思考の若者たちによって、今後盛り返されることはないだろう。
なぜ、こんなに若者にアスピレーション現象がないのだろうか。それは、経済情勢ばかりでなく、先を走る成人の後ろ姿を自分に投影しているからだろう。
若者の内向的傾向について述べたが、次に成人たちの思考・志向傾向で感じていることを述べてみたい。
兎に角、成人ばかりではないが、人と接触することを嫌う傾向が年々強くなっている。こんな世情騒然としている現代だから、確かに人と関わって損を被るよりは、人と面する時には「頭から疑ってかかれ」というのでは情けない。
相手の「よしあし」を確かめるのは、一拍おいてから判断しても遅くない、できるはずである。それができない人間が多くなったのだろうか。それは己れが「相手をみる」ことに自信を失ってしまっているからなのだろうか。
そういう自信喪失に追い込んだ一因は、お節介な要らぬ過剰報道のマス・メティアの責任は大きい。自分たちが、さも「正義の味方」振りをしながら人を疑うことを煽おる報道にその遠因があるのだ。人を疑う思考の対岸には、「人を信じる」という思考があるべきだ。人を信じるという行為は、例え知らない人間に対しての会釈・挨拶にも表れ、それが簡単な会話につながり、お互い「ほっとする気持ち」にさせることもある。
例え会話がなくても、狭い道路ですれ違いざま、道を譲ってくれた人に軽く会釈をし、相手も会釈を返す、その瞬間はお互いの気持ちの交流で、特に寒い日などは空気が和むことだろう。こんな些細な経験が案外、人との接触を拒む気持ちを和らげていく、きっかけにもなることすら、思い及ばない人間が多いのだ。
道を譲られても何の返礼をなく無表情に通り過ぎる人に出会わせた時には、こちらの背中が一瞬寒くなるのを感じることが多いが、それがたび重なってみると、40代から60代の女性にその傾向が多いことは全く残念で情けない。要するに彼女らの年代の子供たちが、とかく何かを言われている世代がそれを象徴している。子供を育てるとは何かを忘れてしまった年代といっては失礼だろうか。
反面道路のことに限らずちょっとしたことで、会釈を返されたり、向こうから会釈をしてくるのは、意外にも中学高学年から20代前半までの女性である。
その中には、一見OO風の女性も多く、近年ではそれが意外だなとは感じるほど大勢いるのである。肝心なことはそういう行為によって、彼女らが自信を持つことができるのだ。そのため、こちらからはさり気なく、しかし、きっちりと会釈を返すのである。
そして彼女らがこのような些細なことをきっかけに、別の事柄にも自信を持って行動できるようサポートする気持ちを筆者は心掛けている。それをなおざりにすると、彼女らは認められない行為なのだと自分の行為に自信を失ってしまう。
一方、内向的な人間は自分の中だけに閉じこもり、なかなか相手の良い行為を認めようとしない。また、残念なことは、自分の姿勢・反応が相手にどのような影響を及ぼすか思い至らないことである。
だから、どのような場合にも人との接触には、心を配って尽くすことが大切で、それは必ず返ってくるのである。その結果、自分自身がいくら頑張っても改善できない内向的な志向・行動が他人を経由して自分を変化させることにもなるのである。
今、若い女性のことばかり触れたが、小学生男子でも同様の心配りが示してくれる子供も結構いるのは嬉しい。彼らの母親の顔を良い意味で見たいものだ。
内向き傾向にあるのは個人ばかりではない。政界に目を向けると、政府・行政・政党のほとんどがすべて内向きである。今の日本の政治体制は失点を恐れて攻撃志向でないのは、内政に限らず、拉致問題、捕鯨問題、思いやり予算など何から何まで及び腰のままだ。主体的にこちらから外国に抗議を行うという姿勢はさらさらなく、大半の政治家には国家主権の何たるかが念頭にないのは情けない。
一方、政府が国会で暫定税制法案で汲々とし、国民の目が国会に向いている間に、その裏では外国人参政権問題が国内外で進行しつつあり、また、民主党小沢代表が「大好きな」国連に舞台が移されているのである。国連人権理事会では日本政府に対して「人権問題」についての調査報告書を6月中に提出するよう求めており、法務省は「パブリック・コメント」を出すとともに、報告書作成に懸命になっている。いずれ外圧によって通過させられる危機に瀕しているのである。
(2008.1.12)
|