第2回 「米国の中間選挙あれこれ、混迷は何時途切れるか」 2006年9月16日

 米国中間選挙に入る前に、前回の「従軍慰安婦」のその後を振り返っておきたい。なお蛇足ではあるが、コラムは公知の情報を整理しておこういう趣旨に沿って述べてある。
第1回で述べた後の経緯としては、まず、提案者のエバンス下院議員は今議会で引退を決めたため、中間選挙前の9月議会で、この決着をつける覚悟で臨んだ。
 下院の国際関係委員会のハイド委員長(共和党)やクリストファー・スミス議員(共和党)、カリフォルニア州選出の日系議員マイク・ホンダ議員(民主党)らの後押しもあり、9月末までの本会議での成立を目指したが、結局見送られる結果となった。
 この結末については、日本側のロビー活動が成功した、という報道もあった。
今年の攻防はこれで決着がついたが、今回の中間選挙で大勝利したリベラル色の強い民主党が、何時またこの種の議員提案を出してくるか分からない。
一方、日本においては10月3日の衆院本会議で、共産党志位和夫委員長の代表質問があり、安倍首相は「政府は、河野談話を踏襲している」と答弁しながらも、ただ「いわゆる従軍慰安婦は」と2回も述べ、当時はこの言葉がなかったことを改めて強く示唆した。 また、「狭義の強制性」について述べ、答弁では、いわゆる従軍慰安婦の強制連行の証拠が見付かっていないことをはっきりさせた。
安倍首相の答弁は、自身の過去の発言に反するものであり、米国下院の国際関係委員会や韓国の動きなどとの兼ね合いで、「河野談話」の踏襲の発言をせざるを得なかったのだろうと推測していたら、西尾幹二氏も、この発言は、アメリカからの圧力があったのでは、というようなこと『諸君』12月号で述べている。
米国の中間選挙は予想通りというか、追う者の強みと言うか、民主党の大勝利だった。 これは、ブッシュ大統領が再選された以後、「共和党の政権運営の不手際、醜聞の連続によるものである」と伝えた各紙の報道の通りである。
2年前を振り返ると04年10月には、ロシアのプーチン大統領は記者会見で、「ブッシュ大統領を支持する。再選しなければ「反テロ連合が弱体化する」と語っていた。
しかし、04年の大統領選ではお膝下のワシントンDCで、10人に9人が民主党に投票したのではという情報も流れたくらい、当時のブッシュ大統領の再選は盤石ではなかった。それは別としても日本のメディアは、全国の情勢とは乖離した、ことさら都市部中心の「ケリー優勢」情報を中心に取り上げたため、ブッシュ大統領再選には舌を鳴らした。 ところで、今回の中間選挙の敗因を共和党側は、「イラク問題」には触れず「保守本来の政策から離れ『小さな政府』を放棄した上、汚職や醜聞を続発」と体制の欠陥を分析しているのはまさは本音だと思う。一方、民主党側は、勝因を「新しい方向への勝利であり、ブッシュ大統領の統治全般とイラク政策への国民多数派の反対表明だ」と分析した。
しかし、民主党が挙げているブッシュ大統領の統治全般というのは分かるが、共和党も汚点と承知している「イラク問題」については、日本のメディアの大半は従前から「最大の問題点は『イラク問題』だと報道ししていたが、そんなことより、アメリカ国民が何をどのように考えているかを、10月後半から注目していた。
確かに、現在、3000人以上の死傷者が出たことをアメリカ国民は念頭から消すことは決してできないだろう。その上で改めて、CNNテレビの出口調査を見ると、「投票の際に重視した問題」(複数回答)の集計結果では、「政治倫理」重視が42%、次いで「テロ」(40%)、「経済政策」(39%)、「イラク政策」(37%)となっていた。 この傾向は04年の大統領選から続いているもので、当時、米テレビ5社とAP通信の共同出口調査の「今回の選挙の最も重要な争点は何か」の結果でも、「倫理的価値観」22%、「経済・雇用」(20%)、「テロ」(19%)、「イラク」(15%)であったことは、敢えていえばアメリカ国民は「イラク問題」に強い懸念を持ちながらも基本的には「倫理的価値観」、「経済政策」、「テロ」を一貫して挙げていることは、心底では、より「国家」を優先させたからではとみるのは、考え過ぎるであろうか。
ここで興味深いのは、この04年の出口調査の質問で「倫理的価値観を重視する」と答えた人の80%がブッシュに投票(ケリー18%)していたことである。 従来このような考え方は共和党支持層に多いのだが、今回はこの層のほとんどが民主党に投票したと報道されている。
11月8日付、ワシントン・ポスト[電子版]でも、回答者の4分の1以上を占める無党派層の大半が「民主党候補を支持」としており、それに加え従来は共和党支持者だったと思われる穏健派有権者の47%の大半も「民主党支持」したと報じている。
2004年大統領選と同時の議会選挙でも、無党派層の49%が民主党、46%が共和党であったが、今回は穏健派、無党派層の投票はともに民主党へなだれこんだ。
ここに、アメリカの今後を占う文化の変調、反転の兆しがみえると感じた。
「イラク問題」に戻るが、今回の中間選挙でもこの問題が争点となったが、しかし、これについて共和党、民主党支持層ともに、「判定」は完全に截然し切れないままだったことが、当選結果の一部を見ても推察できる。
CNNテレビの調査によると、「イラク戦争反対」の共和党チェイヒー上院議員は選挙に敗れ、一方、「イラク戦争賛成」の民主党リーバーマン上院議員は無所属で出馬ながらも勝利した。反対に同じ民主党の新人議員は「イラク駐留米軍の早期撤退」を訴えたが、敗れるという展開は、何を優先させるべきか各党支持者の逡巡さがうかがえる。
日本のメディアで、「米国民は、民主党に真の信頼を置いたのではなく、共和党に不信を抱いて変化を求めた結果」、また、11月8日付ニューヨーク・タイムズ[電子版]の社説も、「民主党は政策の正しさというよりも、共和党に対する世論の怒りの流れに乗った」と、勝因を指摘した。このように各紙に共通した「民主党は政策の正しさというよりも、共和党に対する世論の怒りの流れに乗った」というのが、まさに「ご明答」である。 兎に角アメリカ国民は、「先行き」不安を感じ混乱を抱えながら、判断基準に迷いが生じたままの投票だった、といえるだろう。
ここで勝者の民主党に投票したアメリカ国民には、フランスのドゴール元大統領の「アメリカという国は重大な問題に際して、複雑な国内問題と子供っぽい感情を持ち込む国だ」との言葉を贈り、敗者の共和党の支持者には、戦前のプライス英国駐米大使が語った「アメリカという国は不正を犯しても、それを修正する回復力のある国だから、黙ってそれを待つべき」の言葉を贈ることにする。
前哨戦が始まった2008年の次期大統領選については、米『タイム』の05年12月5日号の世論調査報告では、「2008年の次期大統領選でブッシュ大統領と異なるタイプの人物」を希望するとの回答が60%にもなっていた。
一方、「アメリカの支配があとわずか30年しか続かないのか、それとも1世紀以上続くのか」と、著書の中で述べていたビル・エモット編集長が率いる英『エコノミスト』は、前回の大統領選時の04年10月29日号では「ケリー上院議員に投票するよう」呼びかけていた。
ところがその『エコノミスト』が、今回共和党の敗北が決定的なった11月8日時点で、「共和党は、今回の中間選挙でうちのめされることによって2008の大統領選に勝てる有力な党になる可能性がある」という記事を載せているが、この民主党から共和党に乗り換えた真意については全く解らない。これをネタにまた、本でも出そうというのかな。
08年の大統領候補は、果たして、民主党はヒラリーでいくのか、それともダークホースの黒人のオバマになるのか。共和党には決定的な候補がないままにジュリアーニで収まるのか、ハンターかそれともマケインになるのか、予測がつかない。
いずれにしても現在、盤上にある駒は役不足の感が強く、シュレシンジャーの「大統領30年周期説」を持ち出せば、レーガンが初当選してから間もなく30年近くになる。かつてのレーガン大統領のような、白州次郎言うところの「ブリンシプル」を貫き通せる人物の出馬を期待したい。
なぜ、彼のようなタイプを望むかといえば、現在のように世界的な規模でのさまざな問題には「協調」が必要な反面、「協調」がすべてに優先すれば収拾がつかない。
そうなれば、世界という楽団にもコンダクターが絶対必要だと考えるからで、そのアメリカが、今後、偏った協調路線を取れば、国家としての独自性を失いかねず、混迷の道を歩むことになるという、不安感があるからである。
アメリカ国民が求めるのは喫緊の事項だけではなく、スパンの長い「自国の安全保障」、「自国の安定・平和」それに加えて、世界の安定・平和である。
それを実現できるのは「民主党」であると果たして確信・納得しながら「民主党」に投票したのであろうか。それは前述の新聞論調からも、決してそうではないことが分かる。 今回の選択はまさにテッピィング・ポイントであり、08年の大統領選はただのスルーに過ぎなかったことに気付くのは何時になるだろうか。アメリカの国力の衰退は、あと20年弱で始まるとも言われている。今、高熱に犯されたままのアメリカはその時どこへ向かうことになるのか。 また、日本も2025年頃には、「中国のフィンランド化」と囁かれる中、否が応にも道中膝栗毛となるのであろうか。