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前回は「強くて
ゴメンね」で、今回もお子さまランチの野球アニメです。
まず始めるについて、文体は状況描写で進めることに決めました。最初は何を言わんとするのか分から
ないでしょうが、しばらくお付き合い下さい。
9回裏、ノー・アウト、ランナー一塁。攻撃側は3対0で負けている。マウンドには左腕の日本人で、この
年、高校卒業後いきなりメジャーのテストを受け、今、この3Aでセーブ19をあげ、優勝争いに加わる原動力
となっているこのアニメの主人公ゴローがいる。彼の持ち球は、カーブなどは一切ダメの「直球」オンリーだ。
この彼を支えているのが3A経験が長いベテランキャッチャーのサンダースで、ゴローに好きなように投げさ
せながら成績を上げさせている。
そこへ、前年秋のドラフト1位で前日まで2Aにいたキャッチャーのキーンがチームに合流。球団側は早速
このキーンを正捕手とするよう監督に命令。サンダースはベンチ入りとなってしまう。
この試合は、キーンの3ランホームランで9回を迎え、ゴローの出番となる。キーンはゴローに「お前は直
球しかないらしいな。だが、オレがうまくリードするから、オレの言う通り投げろ」。ゴロー(リトル・リーグ時代
から高校卒業までワンマン・ピッチーで、すごい自信家)は、「オレは好きなように投げる、お前の言うことなん
か聞かない」。だがこの後、キーンのサインを無視して投げたボールを打たれ、そのランナーが今、一塁ベー
スに立っている。
エリートに見られる嫌味で傲慢なキーンは、「オレの言う通りにしろ」とまたも言う。「いやだ」と応えると、キ
ーンは三番打者に対し敬遠のサイン。ゴローがそれに一応じると、またも、四番打者に対しても敬遠を強要
(キーンは事前に敵味方チームの弱点、ゴローの持ち球、性格を正確にチエックしていた)する。
監督も観客もこの無謀な敬遠策に驚く。満塁となったところで、キーンはゴローに「一点でも取られたら、オ
レは今後絶対お前の言うことを聞く。ゼロに押さえたら、今後オレの言うことを聞くことに賭けるか」と、けしか
ける。
これに対しゴローは(この状態なら1点は取られるだろうと思ったのだろう)、「よし、約束する」と応えた。
五番打者を迎えたキーンは、この打者の好きなボール・性格を頭においた上でサインを出し結果はピッチ
ャーゴロで1−5−4−3のトリプルアウトが成立。
これには監督・観衆は大喜びだが、マウンドのゴローは茫然とする。
これは3月29日(土)、NHK3チャンネル、18時からの「めざせ、メジャー」シリーズの「ばかな賭け」のス
トーリーです。
思いもかけていないことが、精神的成長のきっかけとなる
ここまで長々と書いてきたが、何を言いいたいのかというと、ラスト・シーンでゴローがみせた茫然とした心
境には何があったのだろうか、についてです。
ゴローは人に優しく人情味のある若者だが、野球のことになるとガラリと変わり、試合展開も自分の考え
に固執した投球で押し切ろうとする「蛸壺型人間」。
そこへ、周辺情報と的確な状況判断を加味したキーンの自信ある配球、緻密な野球を目の前にして、賭
けに敗けた悔しさだけではなく、この認めたくはないが認めざるを得ない自分にはない野球に対する姿勢、こ
れにショックを受けたためだろうと思う。そこには何とはなく、日本人にある「以心伝心」がないなという
反発も含まれていたのかもしれない。
筆者はこの「茫然」は、今後のゴローが精神的に、勝負師として成長していく
テッピング・ポイントになるだ
ろうと考えたので、これを言いたかったのです。
たかがアニメのこと、それを目くじら立ててと思う人もおいででしょう。
また2回も続くと、奴はマンガばかり見ているんだと、言われそうですね。
ここでお断りした方がよさそうなのは、「サザエさん」は大分以前お休みしているので、目下観ているアニメ
は、この「めざせ、メジャー」だけなんです。「サザエさん」もよかったが、このアニメは別の意味で、老兵にも
いろいろ気づかせてくれることが多く、好きですね。
「成長」ということで、思い出されるマンガが「巨人の星」の星飛馬です。
この飛馬とゴローの目指すのは一流の選手ということでは同じだが、時代が変わり、今や「巨人」が「メジ
ャー」になっている。さらに変化したものとしては、飛馬の場合、背後で支えたのは父であり姉でした。要する
に家族です。
それがゴローの場合、ほとんど家族の影が薄く、ゴロー自身だけで這い上がろうとしている「個・個人」、こ
こにも時代性を強く感じた。ここに映る「個人の自立」は、大変必要なことではあるが、一方、最近の偏向しつ
つ蔓延している「個人主義」の主張には、その先には「家族・家庭」の崩壊を呼び起こす起因があり、危惧さ
れる風潮だ。
マンガが世界を制覇しているのは、日本文化の独自性がその要因
マンガの話に戻ると、現在、日本のアニメが世界を席捲しているといわれているが、素人考えではそのは
しりは「ピカチュウ」ではないかと思う。「ピカチュウ」のたった一つの言葉ですべて意思疎通ができるという、
まさに日本的な発想が子供たちを無意識間のうちに引き寄せたのだろう。
韓国出身で日本での生活が長い社会学者の呉善花は、「売国奴」(黄文雄、呉善花、石平対談集)の中
で、日本のアニメは「ソフト・アメニズム」だと言う。
筆者流に解釈すると、「東南アジアの農耕文化が日本の「鍋文化」に入り込み、さらに古来からのカエル
からはじまりトリなどの万物の精霊をも共有する日本の固有の文化が生まれた。そこから発祥した日本のマ
ンガにはその文化・精神性がキャラクター、事物に包含されている。世界各国はそれを描き切れないがゆえ
に魅かれるものがあるのが、流行する理由だ」というようなことを述べていた。
そういわれてみれば、普段我々日本人が意識しないようことで不協和音が生じることもある。ゴローがこ
れから目標を完遂するためには、技術だけでなく、米国の文化・歴史・精神性を極めることが大切だ、と感じ
させたアニメであった。
(2008.3.30)
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